再編の背景を、人間発達学部長 溝口哲夫教授、子ども発達学科長 安部孝教授に伺いました。
求められる教師像は時代とともに変わってきています(溝口)
教育学部という名称になりますが、再編の背景を教えて下さい。
溝口:根本的なことをいえば、教育学部というのは先生になるための学部学科であり、それを学ぶ学部なんだとはっきりとわかるようにしたいということがありました。人間発達学部という名称に思い入れもあるのですが、高校生や高校の先生にわかりにくいという側面がありました。子ども発達学科といえば、子どもに関することだなとわかりますが、先生になるための学部学科なんだということがストレートに伝わることを重視しました。
中身については、これまでと同様に小学校、幼稚園、保育園の先生を目指すということは変わりません。ただし、日本中に先生になるための免許・資格がとれる教員養成系の学部がありますが、内容はほとんどどこも同じなんですよ。そうした中で、名古屋芸術大学という芸術大学にある教育学部として、特色ある学び、芸術大学だからできる学び、また附属幼稚園や保育園での実践的な学びを重視しています。
そしてもう一つ、現代の幼児教育、小学校教育が求める教師像、これは時代とともに変わってきています。端的にいえば、新学習指導要領で小学校に英語とICT教育が加わっています。これらの授業を行うことのできる先生が必要になってきました。そのため、学校教育系のコースでは「小学校教育コース」、「子ども英語コース」、「子どもICTコース」を設けています。
もちろん芸術大学ということで、「子ども創作・表現コース」も設置しています。これまでも「子ども芸術コース」を設置していましたが、幼稚園・保育園から小学校への連続性を考慮して、いままでとは少し違う形で考えています。
安部:幼児保育・福祉系のコースでは3つのコースを設けています。従来型の「幼児教育・保育コース」、発達支援の「子ども支援コース」、それからスポーツ関連の「子ども健康・スポーツコース」の3コースです。3つありますが、発達にかかわることと支援がひとつにまとめられて、どちらかというとこれまでよりコンパクトになったというか、濃縮されたように感じています。この領域ではこれまで人間発達で取り組んできて、大学院もありますから、どうなるかと思われる向きもあるかもしれませんが、濃縮されて一領域になったという感じですね。それからスポーツですが、小学校だと教科体育(運動を通して心身を全面的に形成し,生涯を通じて運動をする基礎的な知識や技術を身につける)が考えられますが、教科体育よりももっと基本的なこと、裾野というか、幼児から生涯体育や人間の健康なども含めてやっていけることがあるのではないかと思っています。ですので、学校教育系ではなく、幼児保育・福祉系のほうに入っています。
溝口:結局、幼児教育の一番のポイントは、あそび、運動だということです。だから、幼児教育の中の運動や健康教育というのが大事なんです。これから日本のことを考えれば、求められるのはその部分ではないでしょうか。もうすでに健康面のことは、高齢者を含め生涯を通して考えなければならないことになっています。スポーツといえば、どちらかというと競技になってしまいがちですが、そうではなく、健康のために身体を動かすこと、生涯学習の中でも位置付けられていますね。幼児期から、そうした運動の習慣や身体の使い方を身につけることが大事になっていくと思います。子どもは運動すること、動くことが大好きなはずです。そこを伸ばす。幼児教育の中で、それは培われるものではないかと思います。
7つのコースに細分化されるとなると英才教育的な感じになるのかと思いましたが、そうじゃなくもっと根源的な部分で捉えているのですね。
安部:僕の理解ですが、運動の髙德先生(髙德希 准教授 専門分野:健康・スポーツ科学、バイオメカニクス、子ども学)は、考えながら動くことを大事にされる先生。おそらく子どもたちの動き自体を観察する視点を持つことから入っていかれるのかな、と思っています。いままで本学でやっていた競技性の高いものとは、また違った視点かもしれないですね。
溝口:それから今後、小学校教育で求められているものに教科担任制というのがあります。いままでは、担任が全部の教科をみていました。これからは専門性。もっといえば、その先生の得意なものを教える、そういう方向へ向かっています。それも含めて、文科省は「チーム学校」(チームとしての学校)というのを提唱しています。学校にはいろいろな先生がいて、先生以外にも健康面や福祉面でのカウンセラーやソーシャルワーカー、部活動指導員、図書館司書など、それぞれ得意な分野を持つ人たちがひとつの学校を作り上げていくというのが「チーム学校」です。小学校の先生はすべての教科を教えていくわけですが、それぞれに得意や好きがあります。そういうことを生かしていく、その人が持っている得意なもの、好きなものを伸ばしながら教師になっていく。こうしたことが求められている教師像じゃないかと思います。
なんとかやっていく力が求められる(安部)
愛知県をはじめ東海地区は海外からの労働者も多く、保育園や小学校でも外国籍の子どもがいることが普通になってきました。小学校の英語教育も始まりました。ICTや英語コースの手応えはいかがですか?
溝口:オープンキャンパスでは、ぽつぽつとICT、英語に興味があるという高校生が来ています。ニュースなどをみて、小学校のカリキュラムの変更など新しい分野に興味を感じているのではないかと思います。 外国籍の子どもでいえば、小牧市、岩倉市など本学の近隣でも高い比率になっていますね。岩倉東小学校では、外国人児童比率はおそらく50%近くあるのではないかと思います。
安部:難しいなと思ったのが、大学のコースや専修の英語というと、学力的な英語、教科学力的な英語をイメージしてしまいます。でも、学部長がいうように、必要な英語はまた別なんですよね。コミュニケーションするための英語が必要で、そこをどうやって伝えていくかが問題です。英語専修コースというふうに、たとえば英語が好きな高校生が受験しようとしたとき、リーディングとグラマーが得意な専修のように受け取ってしまうのではないか、と心配なんです。
溝口:実際、近隣の場合でいえば、英語よりもポルトガル語のほうが有用かもしれませんし、そうした実体を踏まえて、そこをなんとかやっていく力が求められるわけですからね。
対処能力より、本来なら問題が起きないような学校作りを(溝口)
英語に限らず本来、先生という仕事は現場力がすごく必要ですよね。
溝口:今、教員志望者が減っているんです。不登校やいじめ、あるいは貧困や家庭の問題など、学校が対応すべき問題が増えています。先生にはこれらに対応するためにたくさんのことが求められるようになりましたが、どちらかというと対処能力という部分が多いように思います。でも本来なら、対処する力が必要なのではなく、そういう問題が起こらないようにする学校作りができることが必要なのだと思います。経験すれば、先生という仕事はすごく楽しい、やりがいのある仕事だとわかります。自分の得意を生かして、子どもたちと一緒に楽しい学校生活を送れるようにしていくこと。現場力というか、こうした力が必要です。問題に対処するだけでなく、楽しい学校作り、学級作りのできる先生が求められるのだと思います。
新型コロナで学校が休みになってしまったとき、子どもたちから「学校へ行きたい」というたくさんの声が聞かれました。新型コロナの影響で、そのことに気が付いた子どもたちがたくさんいると思います。それが基本だと思うんですよ。バーチャルだけでなく、現実も楽しいんだと。そして先生には、子どもと子どもをつなぐ役割があります。今ある問題をなくすには、学校は楽しい、仲間と一緒にあそんだり、勉強したりするのが楽しいんだと実感する。それがやっぱり一番必要なことではないかと思います。