舞台芸術のすべてを1年次から経験する
梶田:本来、芸術とは音楽や美術が融合した分野です。ただ、日本の多くの芸術大学がその間の橋渡しができておらず、本学もキャンパスが分かれていることもあって、ここに至るまでに時間がかかりました。しかし、ついに音楽と美術が融合・横断した領域が新設されることになり、本学の念願が叶うと同時に、舞台芸術を支える側に興味を持つ学生のニーズにも応えるものと考えています。本領域では1年次に舞台芸術の基礎を総合的に学び、2年次から舞台芸術の成立に不可欠な舞台美術、舞台プロデュース、演出空間の3コースで専門性を養います。ここが学びの特色といえるでしょう。
丹羽:1年次に舞台芸術に関わるさまざまな要素を学べるカリキュラムは、とてもいいと思っています。というのも、作品を上演する際に、演出家やプロデューサーが照明や音響のことをある程度理解しているかいないかで、できあがるものが全く違ってくるからです。私自身も舞台に関わるいろいろな業務に携わってきましたので、舞台プロデュースコースでは、そうした経験をもとに、ものをつくる時の考え方などを伝えていくつもりです。また、照明や音響デザイナーを育成する演出空間コースは、劇場だけでなく、屋外のライブやアートプロジェクトなどにも可能性が広がる分野だと思います。
金井:舞台美術コースでは、脚本を読み、情景を考えてデザインし、自分たちで大道具などをつくり、劇場へ設営し、そこに照明と音響、俳優が入り、演出家の指示によって作品をつくり上げていく、こういった一連の流れを学生に経験してもらおうと考えています。舞台美術とは、デザインや大道具が作品ではなく、そこに照明や音響、俳優が入り、観客が見て初めて完成するもの。そのことを感じてもらうには現場から学ぶことが大事ですので、3年次のインターンシップでは時間をかけて一つの作品をつくり上げたいと考えています。
鳴海:私は演出家、カンパニーの代表として学生と接することになるのですが、4年の間に何より「正しく失敗する」という経験を手助けしたいと思っています。大学で失敗にどう向き合い乗り越えていくのか、その手法や態度を学び、心が折れるようなことに対しても前進する力を身につけられれば、社会に出た時に非常に役に立つと思います。
梶田:教育は理論と実践の両輪で展開していく予定ですが、特に実践については学生にとって最初にふれるものが基準となるからこそ、お三方のように現場の第一線で活動されている先生方に指導をお願いしています。現場の経験ほど価値のあるものはなく、ぜひその空気感をストレートに伝えていただきたいと考えています。
舞台芸術とは人と人がつくり上げるもの
梶田:本領域では、作品をみんなで一緒につくり上げます。自分の専門性を磨きつつ、人との協働を学べる点にも大きな意義があると考えています。
金井:おっしゃるとおりです。美術にせよ音楽にせよ、基本的には個人の才能が重要ですが、舞台芸術に関しては1人だけの才能が優れていても成立しません。才能のぶつかり合いを乗り越えた時、相乗効果が生まれて新しい創造につながるからこそ、芸術+人間についても教えられたらと思います。
鳴海:人間という観点からいえば、芸術がエッセンシャル(必要)かどうかは、その人が置かれた立場で違うと思います。ただ、芸術という多様な考え方や人間の生き方を保証するという考え方をもとにすれば、変えられるルールや偏見などがあり、多様な分野・層・年代に対して芸術が為せることはたくさんあります。芸術の仕事は、人間を育て守るための仕事ともいえ、本領域の学生には学びを通じて、自分以外の誰かを守ったり、救ったり、豊かにしたりする楽しみを見つけてほしいと思っています。
丹羽:舞台は上演が終われば3時間後には撤収して、その空間には何もなくなってしまいます。いわば、人の心にしか残らないものを、私たちはつくっているわけです。人と人とがつながるからこそできる舞台の仕事の面白さを、ぜひ伝えていきたいですね。
社会に求められる舞台芸術のつくり手を育てたい
梶田:最近は文化GDPが注目され、観客動員数など数値での評価が文化政策でも重視されるようになってきました。その意味では、今後の舞台芸術を担う人材には広い視野で物事をとらえる力が必要です。ただ、数値だけに流されない信念も忘れず、社会に求められる舞台芸術をつくる人材、社会の文化的インフラとして文化芸術を運営する人材、業界を牽引する人材を輩出したいと考えています。
鳴海:今、舞台芸術界は過渡期にあり、10年程前から劇場やカンパニー内の仕事の仕方が変わりつつあります。これまで時代の変化に遅れたり、進みすぎたりと、ある部分でアンバランスだった芸術の世界を、大学で舞台芸術のほか時勢や社会についても学び、変化に対する感覚を身につけた人が良い形に収斂していくのではないかと期待しています。
丹羽:大学はアカデミックなものだからこそ、学生には芸術とは何かということを考えてもらいたいですね。もちろん、具体的な仕事の内容や役割は教えるわけですが、例えばプロデューサーが何をつくっているかといえば、芸術をつくっているわけです。だからこそ、芸術とは何かと考える力を持った人を育てたい。ここでいろいろな基礎を覚えて、やりたいことを見極め、自分の道を切り開いてほしいと思っています。
金井:確かに研究意欲を持って、何でも自ら取り組める人材を育てたいですね。舞台美術に関していえば、学生の中にはデザイナーだけでなく、手でつくりあげていく温かみのある世界に惹かれて、大道具や小道具の製作者を目指す人、舞台監督になりたいという人も出てくるでしょう。そういう希望も良い方向へ導いていきたいと思っています。
鳴海:もう一つ、先生方がいわれたように、舞台芸術は人間と人間が一緒につくったものを生身の人間に見せるという、非常に特殊な表現文化です。誰かと協力しながら、時に対立しながらチームでベストを探す作業は非常に難しい。しかし、それは一般企業でも必要とされることです。相手と協調しつつ自分のオリジナリティーを加えながら、全員を活かせるような作品をつくることは難しい半面、非常に面白くもあり、作品が誰かの心に届いた時の喜びも大きい。チームでものをつくることに喜びを見出せる人材を、送り出したいと思っています。
広く社会に認められる総合芸術大学を体現するために
金井:本領域の将来を考えると、やはり最初の4年間が勝負です。日本や世界に存在感を発信できる領域・大学を目標に全力を尽くしていきます。また、今問題になっている舞台美術の環境問題に率先して取り組み、地球環境への責任を意識した教育、ものづくりを進めていくことも重要だと考えています。
鳴海:現在、本領域では舞台の技術やプロデュースのコースを設けていますが、今後は違うポジションが加わり、学内の多様なコースが集まってくる可能性もあるのではないでしょうか。いずれにせよ、総合的に舞台芸術を支える人材を育成できる領域へと発展させていきたいです。
丹羽:今後、舞台芸術は音楽や芝居が好きな人だけのものではなく、もっと多くの人々が求めるものにならなければいけません。それには劇場だけで作品をつくるのではなく、社会や人々に対して劇場は何ができるのかを示し、文化として教育や福祉につなげていく必要がある。本領域もそうした広がりを持った場になれば、すばらしいと思います。
梶田:本領域は、名芸が目指す総合芸術大学を体現する領域です。高校生にとって芸術大学への進学は特別な感じがするかもしれませんが、そもそも文化や芸術は生活の営みの中から出てくるものです。これまで絵や音楽、芝居などの経験がなくても舞台芸術を担うことへの興味や関心がある人を受け入れられる、まさに総合的な芸術の領域を皆さんと力を合わせてつくっていきたいと思います。