• 芸術学部 芸術学科 デザイン領域 テキスタイルデザインコース

貝塚 惇観

かいつか あつみ

講師

2008年
東京造形大学 造形学部デザイン科 テキスタイルデザイン専攻 入学
2014年
東京造形大学大学院 デザイン研究領域 修士課程 修了
株式会社 エム・アッシュ・エム 入社
2019年
株式会社 織部 入社
2022〜23年
尾州インパナ塾 「ファッションと色彩」講師

会社にはひた隠しにして作家になることを目指して

会社員から作家、講師へ転身

大学院を修了して就職していますが、どのようなお仕事だったんですか?

テキスタイルコンバーターという職に就いていました。テキスタイルコンバーターは、今あるテキスタイルをなにかに転用するということで、一から組織を考えて布を作ったり、染めて布を作ったりするのではなく、今あるものにアプローチをかけて在庫にあるものをなにか新しいものに作り替えることを考えたりします。例えば、ウールのフラットな生地があったとすると、それに縮絨加工してまったく新しい風合いのものを作ることをします。私が勤めていた会社は、加工技術に重点を置いた会社でした。

アップサイクルのような、今の時代に合った業務に感じますね

それが激務で。小さな会社で少数精鋭、1人が1億稼ぐような会社で、給料は良かったですが、今では考えられないほどブラックでしたよ。大学院に行っている間は、織物の作家になりたくて、自然素材のウールや綿を使っていましたが、そのルーツであるヨーロッパのタペストリーを勉強していて、つづれ織り作家になりたいと思ってました。作家になりたかったのですが、現実問題として作品が社会に出ていくことを考えると、社会の中でどんな役割を果たすのか、お前はわかってるのかと問いただされる大学院の2年間でした。それで、ああでもない、こうでもないと考えるのですが、やはり答えは出ない。そもそも社会というものをわかってないということに帰着して、就職するわけです。

5年間勤めて転職、それから教える仕事になりますね

やはり作家がやりたかったんです。働いているときもずっと根幹にはその気持ちがあって、その中での就職だったので、会社にはひた隠しにしていました。会社を辞めてつづれ織りを再開し、作家になるぞというタイミングで関東から東海へ引っ越し、作品のためにアルバイトする感覚で仕事を始め、仕事をしているうち非常勤講師のお仕事をいただいて、中途半端にできないなと講師の仕事を取りました。

今、悩んでいることも財産になる

学生に伝えたいことは?

学生のときに悩んでいたひとつひとつのこと、絶対に忘れないでいてほしいなと思っています。自分自身、先生たちへの不満だったり、感謝だったり、あのとき感じていたことが今になって解決したり、新しい答えになったりするということがあるんです。学生時代に思っていたことで、自分自身を救うきっかけになることもあると思います。若い頃は将来への不安もあるし、すごく苦しいこともあります。暗中模索の状態かもしれません。苦しかったり、楽しかったりという経験、そのひとつひとつが、やはり財産だと今は思います。時間が経って初めて気づくことなので、そのときのことを忘れないでいてほしいですね。
私はずっと作家になりたかったですし、正直なところ、やりたくないことをやってみても、結局は続けられなくなると思います。なので、やっぱり自分のやりたいことが基本です。でも、社会に出ることで、自分だけでは解決できなかったことが急に開く瞬間が必ず訪れるものです。やりたいことを大切にしつつ、社会人になることも恐れないでほしいなと思います。