鳴海康平准教授が構成・演出を手掛ける第七劇場の公演「三人姉妹」(2023年)、「ヘッダ・ガーブレル」(2024年)で衣装を担当する。「ヘッダ・ガーブレル」では公演のすべての衣装を担当し、脚本・役者に合わせた衣装を考案。既製品のセレクションおよび手直しなども行う。
舞台芸術領域
舞台美術コース 4年
鳴海康平准教授が構成・演出を手掛ける第七劇場の公演「三人姉妹」(2023年)、「ヘッダ・ガーブレル」(2024年)で衣装を担当する。「ヘッダ・ガーブレル」では公演のすべての衣装を担当し、脚本・役者に合わせた衣装を考案。既製品のセレクションおよび手直しなども行う。
どうして舞台美術へ?
小さい頃からずっと服が好きで、高校は被服科に行っていて、自分で服を作り、その服でファッションショーをするんです。自分たちで構成を考えて実際にやったんですけど、ファッションショーをやってみて、私、舞台という世界がすごく好きなんだなと思いました。そのときは服ですけど、一個の劇場のなかでお客さんと対面して、作品やなにか見せたい表現を共有する、その空間そのものが素敵だなと思ったんです。それまでファッションのことばかり学んでいたわけですけど、違うことに興味が出てきて、先生に相談したところ、ちょうど新しく舞台芸術の領域ができると紹介されました。服を作ることとは違うことを勉強したいという気持ちが強くなったんです。
第1期生だと、たぶん先生もいろいろ手探りだったりすると思うけど、どうだった?
たぶん、結果的には後輩よりも学ぶ機会がすごく多かったですね。例えば、私が入ったときには、まだスタジオも幕もなにもなくてどうしようかとなったときに、「小野ちゃん縫えるじゃん!」ってなって(笑)。ドレープカーテンと、うしろにある白い幕は、私が自宅に持ち帰ってミシンで縫ったものなんですよ。大きくて部屋ではとても広げられないので、想像で縫い付けて1枚にしました。箱馬もなかったので、自分たちで作りました。1期生はもちろん苦労はあったんですけど、その分、自分たちでやらなきゃいけないっていう状態だったのもあって、学ぶ機会も作る機会も多かったなって思います。
舞台美術って、やってみてどう思った? 最初思っていたことと実際が違ったってことはない?
最初はやりたいことのほうが強くて、こんなデザインの舞台を作りたいとか、私だけじゃなくて、ほかのみんなも強く思っていて、これをやりたいのに結局できないねみたいなことが多くありました。でも、やっていくなかで、やっぱり演出さんとやり取りして希望を汲み取って、そのうえで自分たちができる表現に起こすことが初めのうちはすごく難しかったです。演出さんの希望、照明、音響とのバランス、いろいろ制限があるなかで、自分たちの作品に対する考えを形にする、今ではすごく楽しくできていると思います。
鳴海先生の舞台を手伝うようになるのは、なにかきっかけがあったの?
最初は、浅井先生(浅井信好講師)のやっている「パフォーマンスキッズ・トーキョー」のダンスワークショップに舞台美術としてインターンに入って、子どもが舞台に落ちている布をドレスのようにまとって出てくるみたいな、舞台衣装とも重なる舞台美術っていうのを作りました。それで、私はあらためて布を触るのが好きだなって気づいて、それからはことあるごとに私は舞台衣装がやりたいと先生に言っていて、「じゃあ、やってみる?」とお声がけをいただいたんです。
それで第七劇場の公演を担当するんだ。不安はなかった?
不安よりもワクワクのほうが強かったので大丈夫でした。でも、実際に現場に入ると、舞台美術は学んでいても、衣装の管理の仕方や、デザインを考えて買いつける方法、スケジューリングの仕方なんかを誰からも学んでないので第七劇場の役者さんに一緒になって考えていただきました。こうしたらいいんじゃないかというのをそのまま生かせたなって思いますし、すごく勉強になりました。
やりきって、どうだった?
衣装として入ったんですけど、舞台美術を学んでいたので、そのことが生かせたかなと。例えば衣装も、どういう照明を使ってどんな当たりをしているかとか、基本的なことを舞台美術の観点で学んでいたので、すごく生かせました。私の領域にかかわらず、芸大って、やっぱり先陣を切った人の勝ちというか、その人がいろいろな機会を総取りするっていうふうに思います。言い方はおかしいかもしれませんが、やろうとしてる人ほどやれるっていうのがありますね。